子どもと寝落ちして夜中に目が覚めて、覗き込んだ穴の中。寝よう。
- 2016.10.01 Saturday
- 04:25
ここ2ヶ月ほど、親戚の入退院などあり、人の暮らしはその人の選択の連なりによって成り立っているんだなぁと。
当たり前のことをしみじみ感じております。
積極的で前のめりな選択も、見て見ぬふりの選択も、やめとこう今は動かないという選択も、積み重なってなくなりはしないのです。
巻き戻してやり直しは1回もできない。
こりゃすごい話です。
真夜中に目が覚めてしまって、あれ? 何がどうなってこなっているんだっけ?
などとあみだくじを遡り始めると、下っ腹のあたりがひゅっとなってきます。
おじさん、病室で何度か「なんでこうなったんだろうな」とつぶやていました。
別のおじさんは、「あいつは、やると決めれなかったからだ」と納得しようとしていました。
おばさんは、「あいつは、本当に何も知らない。何もできない」と憤っていました。
振り返ってみてもどうしようもないのに、人は振り返ります。
ひるがえって自分はどうだ?
筒の中に流れ込んできた人の言葉を整えて、お出ししては空っぽになる筒の中。
そこに砂金の粒のようなものが残っているといいのだけれど。
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昨夜は私も眠れませんでした。その理由が『ありがとう』につながるんだけど、正にやり直しのできない選択に不安を抱えていたりします。
うん。そうなんだよね、と読ませていただきました。
どちらが正しいではなく、どちらも私の人生。
でもね〜そんなに潔くも強くもないんだな〜私(笑)
ストンと落ちるキーワードを見つけて弱音を吐きにきました。
そんなわけで、重ねてありがとう。
そんなふうに言っていただくと、夜中にごそごそ気持ちを吐き出したかいがありました。
ありがとうございます。